東京オリンピック女子バスケットボールを史上初の銀メダル獲得に導いたトムホーバスヘッドコーチですが、日本語が上手ですよね。
トムホーバスHCは男子バスケの新しいヘッドコーチになることも決まり、再び注目が集まっていますね。
日本語で選手たちに伝える言葉が名言だと話題になっています!
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トムホーバス名言集3選
トム・ホーバス
生年月日:1967年1月31日
出身地:アメリカ・コロラド州
日本代表コーチ歴:2017年〜
身長:203cm
出身大学:ペンシルベニア州立大学
トムホーバスヘッドコーチは元NBA選手であり、2017年に女子バスケ日本代表のヘッドコーチに就任しています。
日本バスケ史上初メダル獲得へと導いたトム・ホーバスHCの続投を願う声も多数上がっていますね。
トムホーバスHCの言葉が心に響くと話題になっていますが、今回はトムホーバスヘッドコーチの名言3選をご紹介します!
名言① 自分たちの力を信じてる
「信じてないなら優勝できない。
信じてないなら大きいチームに勝てない。
自分の力を信じていなければ何もできないと思います」
東京オリンピックでは、日本代表は平均身長176cmと出場12カ国中2番目に小さかったんです。
トムホーバス監督は自分たちの力を信じられていなかった日本女子バスケの選手たちに、自分の力を信じることの大切さを説いてきました。
トムホーバスコーチのカバンには【believe】と書かれたお守りがついているんだそうです。
周りになんと言われようと、自分自身が自分の力を信じてあげなければ勝つことなどできませんよね。
#記者が現場から#バスケットボール 女子
日本代表 #決勝 へ/#トム・ホーバス 監督
「自分たちの力を信じている」
⁰\監督のカバンにきょうも揺れる
お守りに「believe」の文字史上初の金メダルをとりにいく
監督の言葉をどうぞ#tokyo2020 BS1
関連記事はこちらhttps://t.co/4538Bp5zcX pic.twitter.com/zGObuxcP2U— NHKスポーツ (@nhk_sports) August 8, 2021
トムホーバス監督は5歳からバスケを初めていますが、アメリカではなかなか芽が出ずにいたんです。
ポルトガル、日本とアメリカ以外の地でバスケ人生を歩んでいましたが、1994年、念願のNBA選手となったのです。
トムホーバスコーチは誰よりも、自分自身を信じて諦めない気持ちの大切さを知っているからこそ生まれてくる言葉なのかもしれませんね。
名言② 銀メダルじゃないです
「日本の目標は銀メダルじゃないです。
まだ仕事があります。
それを忘れないで。」
2020東京オリンピックではトムホーバスヘッドコーチ率いる女子バスケ日本代表チームは、準々決勝ベルギー戦では86−85で勝利。
13点差から逆転勝利を収め、日本バスケ史上初のオリンピックベスト4入りを決めました。
決勝で米国には15点差で敗れたものの、日本バスケ史上初となる銀メダルを獲得しました。
もちろん、トムホーバス監督は選手とともに喜び、称えましたが、その上で更なる高みを目指すように導いています。
まさに理想のリーダーの姿ですね。
名言③ 「スーパースター選手はいないけど、スーパーチームですよ」
「スーパースター選手はいないけど、
スーパーチームですよ」
これは、流行語大賞ノミネートの予感?!
トムホーバス監督は言った…
『このチームにスーパースターはいないけどスーパーチームだよ』
選手、スタッフ、そしてファンのみんな含めスーパーチーム!!#スーパーチーム#流行語でいいんじゃないか pic.twitter.com/KJBEqAOdiz
— Maki Takada (@Takada08) August 13, 2021
まさに日本代表チームは誰が出ても、一人一人が力を発揮し、チームで銀メダルを勝ち取りました。
誰か一人がスーパースターだったのではなく、チームワークの力で成し遂げた偉業なのかもしれません。
最高のチームを作り上げたトムホーバス監督は代表監督の続投について次のように語っています。
「ほんとに分かんない。JBA(日本協会)と話したいですね。選手たちとは長い間一緒にやったから仲良いですよ。ずっと(このまま)行っていいかなと思うけど分かりません。教えたいことはいっぱいある」と語った。
引用元:報知新聞社
一方でオリンピックにかけたここ数年はなかなかアメリカにも帰れておらず、一度休みたいという旨も話しているようです。
続投か退任か、今後の動向が気になりますね。
日本語うますぎ!理由は日本でプレーしていたから?
2017年から日本代表ヘッドコーチを務めるトムホーバス監督ですが、日本語がうまい!と話題になっていますよね。
トム・ホーバス監督はなぜ日本語が上手なのでしょうか?
実はトムホーバス監督は日本でプレーしていたんですね。
日本での生活が長いことと、奥様が日本人であるということで日本語がお上手なんですね。
家庭では日本語で会話するそうです。
- 5歳でバスケを始める
- アメリカでは芽が出ず、ポルトガルへ
- 1990年 トヨタ自動車からオファー、日本へ
- 1994年 NBAアトランタホークス、アメリカへ
- 1995年 トヨタ自動車に復帰、日本へ
- 2000年 東芝に移籍後、引退
トムホーバス監督は、アメリカコロラド州に生まれ、5歳でバスケを始めました。
しかし、アメリカではなかなか芽が出ず、活躍の場としてポルトガルを選びました。
文化の違いなどなかなか順調に選手生活を歩めてはいなかったようです。
そんな時、1990年日本のトヨタ自動車からオファーを受け、来日。
当時日本では会社員として働いており、仕事とバスケを両立していたんだとか!すごすぎる…。
すると、4年連続の日本リーグ得点王、2年連続の3ポイント王のタイトルを獲得するなど日本で素晴らしい活躍を果たします。
すると、日本で活躍を認められアメリカからオファー、念願のNBA選手の夢を叶えたのです。
トムホーバスコーチは、日本での活躍があってこそ、
長年の夢であったNBA選手になれたと日本に感謝の思いを持っているそうです。
トムホーバスが日本語で話す理由はなぜ?
トムホーバス監督は家庭でも日本語で話しているそうです。
今回のオリンピックでもそうですが、報道陣や選手に対しても日本語で対応されています。
トムホーバスコーチが日本語で話す理由は、
日本語で話す方が多少の間違いがあったとしても気持ちが伝わるから
なんだそうです。
言葉を超えたコミュニケーションもあると思いますが、通訳を介すことなく自分の口で伝えることで選手たちとも心を通わせていたのかもしれません。
素晴らしいコーチですね。男子日本チームも最強チームにしてくれること間違いなしです。
今後の活躍にも期待したいと思います。